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漫画で分かる孔子の一生4(中国語連環画日本語翻訳)

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中国で50~60年代に流行した連環画(子供向けの絵物語、中国式の漫画)から「孔子の罪深い一生」(原題:孔老二罪恶的一生)をご紹介。孔子と言えば中国では文聖とも崇められ、個人としてはおそらく最も尊敬されている最高の人格であるが、文革時代には、封建主義の象徴として、林彪と一緒に批判の対象となった。この時に書かれたのが今回の連環画で、孔子が非常に批判的に描かれており、貴重な資料となっている。ただ、孔子の一生を勉強するという意味では有益である。

※孔子の子は先生を現す尊称であるが、文革期には本名の孔丘と呼びすてされ、さらには孔老二(孔家の次男坊)と蔑称された

 

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漫画で分かる孔子の一生3(中国語連環画日本語翻訳)

中国で50~60年代に流行した連環画(子供向けの絵物語、中国式の漫画)から「孔子の罪深い一生」(原題:孔老二罪恶的一生)をご紹介。孔子と言えば中国では文聖とも崇められ、個人としてはおそらく最も尊敬され ...

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(61)子路はがっかりして、もう一人の体ががっしりとして、両脚ともに泥だらけの農民に道を尋ねた。彼は機嫌悪そうに「ふん、あの社会変革に反対している頑固な老人と一緒にいくよりも、俺たちと田んぼでも耕していたほうが良いぞ」というと、耕作を続けて、口を閉ざしてしまった。

(62)子路はがっかりして道に戻ると、孔子(孔老二)が居なくなっていた。通りがかりの年老いた農民を止めて「私の先生をみなかったですか?」と道を尋ねた。この年老いた農民は彼が孔子(孔老二)を探していると知ると、唾を吐いて「知識を身に着けていても役に立たない、これがなんの先生だというんだ」と言った。労働者にとって、孔子(孔老二)はただの愚か者で、寄生虫にすぎなかったのだ。

(63)子路がこれらの話を孔子(孔丘)に告げると、孔子(孔老二)はボーっとして言葉を発することが出来なかった。列国を幾年も周遊したが、ついにはみんなに叩けと叫ばれるような、嫌われ者になってしまったのである。歴史の流れに逆行するような反動派はすべて、恥ずべき末路にたどり着くのである。

(64)瞬く間に数年が過ぎた。どこでも壁にぶち当たった孔子(孔老二)は、突然魯国の執政の季康子が彼の学生の冉求を重用していると聞いた。彼は得意になって飛び跳ねて「帰国の希望が出てきた!帰国の希望が出てきた!私の学生は才能が有るので、また権力を握れるぞ」というと、すぐに魯国に戻る決心をした。

(65)紀元前484年、頑固に奴隷制を復活させるため東奔西走した孔子(孔老二)は、すでに68歳になっていた。彼はついに、夕日が西に傾く黄昏時に、ボロボロの馬車に乗って、散々の体たらくで故郷の魯国の都(今の山東省曲阜)に戻ったのである。

(66)頑固さは変わらない孔子(孔老二)は、身体は老いても心は変わっていなかった。魯国の新興地主階級の実権派に対しては気に入らないことばかりであった。季康子は奴隷制の生産体系を改革して、田賦制度を実行しようとしていた。孔子(孔老二)は新しい事すべてを”天下の無道”と侮蔑して、必死に反対した。

(67)本来、孔子(孔老二)は冉求を通して奴隷制度を復興させるという夢を実現しようと考えていた。しかし、冉求は彼の話を聞かず、季康子を手伝って改革を行い、旧貴族に打撃を与えていた。孔子(孔老二)は雷のように怒って「冉求め、奴はすでに私の門徒ではない、みんな奴をやっつけるんだ」と学生たちを扇動した。

(68)孔子(孔老二)は一日中旧貴族たちと一緒にいた。しばらくすると、秦の国から、奴隷反乱の頭目の柳下跖が9000人の反乱軍を率いて、城を攻撃し、奴隷主を生け捕りにして、殺害して晒しものにして、勢力を拡大させている、という情報が伝わってきた。孔子(孔老二)は肝を潰している旧貴族に建策し、自ら柳下跖に投降を進めに行くことにした。

(69)柳下跖はちょうど仲間たちと山で休息しており、孔子(孔老二)がやってきたと聞いて、激怒して「この老人は、耕作もしないのに飯を食って、織物もしないのに服を着て、言葉だけで物事の善と悪を語る、陰険で詐欺師のような偽聖人だ。彼は官職だけを気にする心の貧しい奴で、時代錯誤の復興をしようとしており、罪は非常に重い!はやく追い返せ」と言った。

(70)しかし、孔子(孔老二)は厚かましくも去ろうとしなかったため、柳下跖は連れてくるように言った。孔子(孔老二)は柳下跖にあうと、お辞儀して両手を合わせて、彼にお世辞を言った。「将軍は見た目も良く、聡明で、兵を引き連れての作戦にも優れており、本当にまれな人材です。しかし、、、」

(71)彼はいきなり話を切り出して「お前は、人々から盗跖と呼ばれている。残念なことである。もし、お前が二度と反乱しないのであれば、お前に代わって君主に説明して、高官になれるように保証しよう」と言った。柳下跖は剣を抜いて「ふん!表面上は良い話をしておいて、裏では罠をしかけている悪人め!俺を騙そうとしても、それは無理だぞ」と怒鳴った。

(72)孔子(孔老二)はまたお得意の”克己復礼””修文武之道”を持ち出したが、柳下跖は馬鹿にしたように大笑いして「お前はこのごみような理論は天下に通じる論理だと言っているが、ではお前はなぜ斉や魯で出世できず、陳や蔡では包囲されて、衛では危うく死にかけたのか。どこに行っても壁にぶつかっているのは何故だ」と言った。

(73)柳下跖は孔子(孔老二)の鼻を指して「お前は名誉を求めて天下を惑わせている!正真正銘の盗丘(盗賊の孔丘)だ!お前が投降を勧めに来たこの芝居も、君主から褒美をもらいたいだけだろう!お前の君主に伝えるが良い。俺たちはまさに、お前たち自らが思っているこの”君子大人”の天国をひっくり返したいのだ」と罵倒した。

(74)言い終わると、柳下跖は命令して、孔子(孔老二)を追い払った。孔子(孔老二)は方向も分からなかった。顔は色を失って、慌てたため馬の綱も三度落して、頭を抱えて「早くいけ、早くいけ」と何度も叫んだ。一緒にやってきた顔淵、子貢も脱兎のごとく逃げた。

(75)この事で醜態を演じ、孔子(孔老二)は彼の孔家学校を継続せざるを得なかった。無学無芸の孔子(孔丘)は、革命理論を理解できない上に、労働もできない役立たずであった。彼が学生に教えたいわゆる礼楽仁義も奴隷主貴族たちの死にかかった旧文化であった。

(76)何人かの学生は、孔子(孔老二)の花崗岩のように固い頭で棺桶に入るような頑固な態度に不満を表した。樊遅は皆の前で田を植える知識を教えるように求めた。孔子(孔老二)は真面目に取りあわず「農民に聞け」と言った。樊遅はまたどのように野菜を植えるのか教えてほしいと言ったが、孔子(孔老二)は暗い顔をして「野菜農家に聞け」と言った。

(77)樊遅は続けてこのように言われて、去っていくしかなかった。孔子(孔老二)は裏で「樊遅は本当に小人である。君子がどうして自ら田を耕すのだ?畑仕事などしても飢えるだけだ、勉強して官僚になってこそ金持ちになれるのだ」と罵った。

(78)学生に全面的に奴隷教育をする以外にも、孔子(孔老二)は歴史書を編纂し、大胆に歴史を改ざんし、奴隷制を復活させるため、本を書いた。この歴史書は「春秋」と言い、奴隷主を美化し、新興地主を排斥し、歴史を逆戻りさせる反動歴史観を宣伝した。

(79)孔子(孔老二)が老いた体にムチ打ち「春秋」を完成させた時、すでに70歳になっていた。彼の学生たちは、死んだものは死に、去っていったものは去り、周りには数人しか残っていなかった。老人はなんども「私の理想は終わった!私の理想は終わった!誰も私を理解してくれず、まさに天のみぞ知るだ!」とぼやいた。

(80)紀元前479年の春、孔家の薄暗い隅っこで、73歳の孔子(孔老二)はすでに病膏肓(こうこう)に入り、薬も効かない状態になっていた。この日の朝方、彼はなんとか起き上がって、意識がもうろうとしたまま杖を突いて門に寄りかかった。大地には太陽の光がふりそそいでいたが、彼は反対に目の前が真っ暗に感じた。

(81)7日後、孔子(孔老二)は息を引き取り、彼の花崗岩のように固い頭と一緒に棺桶に入った。彼の奴隷制を復活させようという夢は、新興封建社会制が奴隷社会制に取って代わった、ごうごうと流れる歴史の流れにより、粉砕されてしまった。

(82)孔子(孔老二)が残したのは、歴史を改変した「春秋」以外に、門徒が孔子(孔丘)の反動言論を編纂した「論語」がある。のちに、古今内外の反動統治階級が、これらを人民を統治するための思想的な武器とし、孔子(孔丘)を”聖人”と言った。しかし実際には、孔子(孔老二)は反革命の頑固者であった。

(83)我が国の歴史上、労働人民は反孔子闘争の前列に立つ、孔子批判の主力軍であった。歴史上の農民革命闘争は、陳勝・呉広から太平天国までずっと、反動統治階級から”聖人”と崇められた孔子(孔老二)と彼の反動思想体系と猛烈に戦ってきたのである。彼らの孔子(孔老二)批判は、回を追うごとに勇敢に、深刻になってきたのである。彼らのこの種の反孔子の革命精神は、我が国の労働人民革命の闘争の歴史において、永遠に朽ちない光を放ち続けるのである。

 

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