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中国歴代王朝の勢力図、領土の変遷(中国の歴史)(世界史)

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日本の26倍という広大な中国の領土はいかに変遷してきたのか?過去の中国を見てみると中国の領土は実はダイナミックに変遷している。中国の最大領土を築いたモンゴル時代には世界2位という広大な領土であったが、現在の中国の領土意識を作っているのは実は清朝の領土とその冊封体制を構成した国家たちである。中国の歴史と領土変遷の背景を知っていると、中国政府の意識が非常によくわかるので、是非最後までご覧いただきたい。

 

最初に~中国の歴史年表

 

最初に中国歴代王朝の年表を掲載しておく。これを見ながら、後に出てくる領土を見てもらうと理解がより進むと思う。こうして見てみると、中国の王朝は分裂の統一を繰り返しながら発展してきたことが良く分かる。この100年ほどは中国は苦難の歴史を経験してきたものの、中国の統一王朝は歴史上、常に世界1、2を争う超大国ばかりであり、現在の中国はその歴史上の定位置に戻ろうとしているのが良く分かる。

 

 

夏の時代

 

紀元前2000頃~前1600年くらいに存在したといわれている、史書に記された中国最古の王朝。これまでは伝説上の存在とされていたが、様々な考古学上の発見から存在の可能性が高いといわれている。ちなみに、中国の学会ではほぼ存在していたとものと断定されている。ちなみに、このころの国の概念は現在とは異なり、邑とよばれた都市国家群の集まりであり、点々とこれがつながっていたイメージになる。

 

 

商の時代

 

紀元前1600年頃~前1000年頃まで実在した商時代の領土。日本では殷の時代といった方がピンとくるかもしれない。この時代も夏時代と同様に、国というよりも都市国家群の集まり。図は領土というよりも影響範囲を表していると解釈した方が正しいようである。この時代になると様々な確定遺跡も出ている。この時代の後期の都である殷墟は、河南省安陽市にあるが今では片田舎の都市である。

 

 

周の時代

 

紀元前1000年頃~前249年まで存続した王朝の領土。領土はすこし小さくなっているイメージ。実は中国歴代王朝の中でもっとも長い王朝が周であるが、中国では前半は西周、後半は東周と呼ばれている。前771年に東西に分裂し、東が勝利したものの、国力は低下し、以降は混乱の春秋戦国時代に突入する。周自体は滅亡せずに、王朝としての権威は保ったものの、勢力はどんどん衰えて、やがて秦によって中国は統一されることになる。

 

 

秦の時代

 

紀元前209年、中国最初の統一王朝といわれる秦の時代の領土。チベットと新彊を除けば、この時代にほぼ現在の中国の形が出来上がったといわれている。それは領土だけでなく、貨幣や度量衡、漢字などのあらゆるものが統一されたからでもある。日本にはまだ国家らしい国家さえ無い時代である。日本がまだ狩猟採集を行っていた時代に、中国ではすでに数千年の歴史を持つ文化と、漫画『キングダム』で描かれるような数十万人規模の大きな戦いが中国各地で行われていたのは驚きである。

 

 

漢の時代

 

紀元前36年、漢の時代になると国土は大きく内陸部に広がっている。西域への進出がすごいのであるが、ここは通行を妨害する山脈もなく、地理的に往来しやすかったため領土も拡大しやすかった。チベットのあたりは険しい山岳地帯のためなかなか侵略もできなかったのである。この時代には北の匈奴が強大になっている。ちなみに、中国と言えば漢!漢字という単語もあるくらいなので。漢の時代はあの有名な劉邦に始まり、三国時代に終わったわけであるが、途中少し中断はあるものの約400年と歴代2位の長命の王朝として長く安定した時代をもたらした。

 

 

三国志の時代

 

西暦223年、三国志の時代になると、北の匈奴が謎の民族、鮮卑に変わっている。強大な勢力であるが、この民族の詳しいことは殆ど分かっていない。子供のころ、横山光輝『三国志』を読んで心を躍らせた時代の実際の領土はこのような感じであったと知って感慨深いものがある。ちなみに、蜀の最大版図はもう少し大きい時代もあった。ちなみに、日本は卑弥呼の時代であるが、所在地もまだわかっていない謎の時代である。

 

 

唐の時代

 

西暦680年、唐の時代になるとほぼ現代の中国に近いイメージになっている。ただし、チベットは吐蕃となっている。この時代になると日本にも大和王朝ができている。唐といえば空海が日本から中国に渡った時代である。2018年に映画にもなったが、夢枕獏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は10年くらい前に読んで以来、もっとも好きな小説のひとつである。この時代の中国には、中国らしさとロマンがある。中国人でも唐の時代を、歴史上の中国で最も自由で偉大な時代であった、という人もいるくらいである。この唐の時代までは、中国は農業主義であり、商業があまり育っていなかったため、基盤は意外にもろかったという比較的新しい学説もある。

 

 

宋の時代

 

西暦1211年、モンゴルや金が台頭して、宋が南に追いやられている。いわゆる南宋の時代にあたる。金が大きな勢力をもっているが、これはのちに元により滅ぼされる。また、謎の西夏文字で知られる西夏王朝が西域にある。個人的にこの王朝大好きで、西夏文字を後世に残すため奮闘する姿を描いた『シュトヘル』という漫画があるのであるが、この漫画も大好きである。まあ、マニアックな題材であるが、よく漫画にしたものであると感謝している。日本では大和王朝の領土が広がっている。

 

 

元の時代

 

さて、西暦1314年、世界帝国、元の登場である。 この地図の元は分裂後のものであるが、もともとのモンゴル帝国でみると、鬼畜の国土を誇っている。世界史における歴代王朝の最大領土・最大版図を見ると、モンゴルは堂々の第2位となっている。ちなみに、通った後にはぺんぺん草も生えないと恐れられたモンゴルを抑えて、堂々の1位となった大英帝国は鬼畜さでも定評がある。奴隷貿易や強盗のような戦争、植民地のモノカルチャー経済化による飢餓の発生など。それを考えると、モンゴルはかわいいものである。

 

参考

歴代帝国の最大領土

第1位 大英帝国 最盛期:1922年 陸地の占有率:22.63%

第2位 モンゴル帝国 最盛期:1279年(諸説あり) 陸地の占有率:22.29%

第3位 スペイン帝国 最盛期:1780年代後半 陸地の占有率:17.04%

第4位 ロシア帝国 最盛期:1866年 陸地の占有率:15.31%

第5位 ウマイヤ朝 最盛期:660年代 陸地の占有率:10.07%

番外編 大清帝国 最盛期:1759年 陸地の占有率:9.87%

番外編 大日本帝国 最盛期:1942年 陸地の占有率:4.97%

 

 

明の時代

 

西暦1410年、明の時代の領土。国土が小さくなったように錯覚するが、世界基準で見ると超大国である!明といえば中国全土を統一した久しぶりの漢民族王朝であるが、北虜南倭に悩まされた、ぱっとしない国的なイメージがある。実際に、ひどい皇帝が多くて、宦官政治もひどかったという事もあるが、逆に鄭和の大航海や、一般社会では商業が大いに発達した時代でもあった。それまでの中国は重農主義の国家であったが、このころから商業が活発化している。しかし、産業革命を経た西欧列強には結局あらがえなかったのであるが。

 

 

清の時代

 

さて、西暦1795年、清の時代である。私の好きな時代の一つでもある。満州族の異民族王朝ではあるものの、すぐれた皇帝を何人も排出し、国土も大いに拡大した。末期の光緒帝の戊戌の政変が成功していれば、日本が明治維新を成し遂げて強国入りしたように、なんとかなったかもしれないのに、とか思ってしまうのであるが、まあ、歴史にifはありえない。中国の人はこの清の時代の国土が中国という意識もあり、友人と話していると、北の方をロシアが奪っていった、などという話もたまに聞いたりする。確かにカムチャッカ半島や今のウラジオストクは長い間、中国の領土であった。

 

 

まとめ

 

以上、中国の領土の変遷を見てきたが、中国の歴史は本当にロマンの塊であると思う。中国の歴史だけでなく、その領土に注目すると現在のチベットの問題やウイグルの問題の本質が見えてくる。正しい歴史を知ることによって、お互いの交流や正しい歴史観への理解がもっと進むことを切に希望する。

 



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