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【写真】1873年 写真黎明期の貴重な中国最古級の広州市の風景

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中国の写真は1860年以降くらいから徐々に撮影されるようになってきたと言われていますが、19世紀中国をとらえた写真としては、1873年とかなり初期の広州市の風景写真をご紹介します。このころは同治帝の時代で、すでに欧米列強から侵略を受けていたころです。ちなみにこの写真はイギリスの写真家William Pryor Floydが撮影したもので、彼は香港で写真館をひらくも経営に失敗して、1874年にはたたんでいます。

 

広州市全景。今とは異なり一軒家がびっしりと並んでいる。鎖国(海禁)政策をとっていた清朝の中で、澳門でのポルトガルとの貿易と、広州でのオランダとの貿易のみが許されており、広州は非常に栄えた都市であった。

 

広州北門城楼。非常に立派な構えとなっている。中国で唯一海外との貿易が認められた地域として、清朝時代を通して広州は常に高い地位にあった。

 

広州の孔子廟。1856~1860年の第2次アヘン戦争で一度破壊されたが、1862年に再建されている。

 

広州でもかなり古い部類に入るイスラム寺院である懐聖寺 (怀圣寺)。何度か燃えては再建されてはいるが、1400年の歴史を持つ由緒た正しい清真寺である。

 

越秀山の風景。この山は今では大変有名な観光地となっており、広州のシンボルである五羊石像や明の洪武13年創建の鎮海楼、山頂には孫文を記念する中山記念碑などがある。この山は実は70mの高さしかないものの、広州市ではもっとも高い場所となるため、過去から戦術上非常に重要な場所とされていた。

 

越秀山の山頂にある镇海楼の様子。現存しており、中に入ることができる。左側は砲台となっている。

 

南北朝時代の537年に建立されたという由緒ある六榕寺(りくようじ)の花塔。これも何度か火災で燃えては再建されている。

 

広州市内を流れる川である珠江から川の南を眺めた写真。今の海珠区あたりとのこと。

 

広州市内から沙面島を映した写真。この島は何ということはない小さい島であるが、海禁時代の貿易の要所であり、第2次アヘン戦争後にフランスとイギリスの租借地となったという歴史がある。そのため、島の上には西欧風の建物が多く建っている。

 



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