中国漫画・ビジネス・生活・歴史の総合情報サイト チャイナスタイル

ChinaStyle.jp

中国語 歴史・文化

漫画でわかる中国語連環画『関聖帝君』06 日本語翻訳(関羽が神となる物語)

更新日:

中国で50~60年代に流行した連環画(子供向けの絵物語、中国式の漫画)から、三国志の関羽が神格化された物語「関聖帝君(原題:关圣帝君)」をご紹介。219年の樊城の戦いで、志半ばに倒れた関羽であるが、非業の死を遂げた人物には強い霊力が宿ると言われており(日本でも菅原道真とかの例があり)、関羽も死後長い時を経て商売の神としてあがめられるようになった。この連環画にはその過程が描かれており非常に興味深いので、関羽ファンは読んでみることをお勧めする。

 

<前回記事はこちら>

漫画でわかる中国語連環画『関聖帝君』05 日本語翻訳 関羽が神となる物語

中国で50~60年代に流行した連環画(子供向けの絵物語、中国式の漫画)から、三国志の関羽が神格化された物語「関聖帝君(原題:关圣帝君)」をご紹介。219年の樊城の戦いで、志半ばに倒れた関羽であるが、非 ...

続きを見る

 

(101)太原の民衆は強風で江南まで飛ばされたが、彼らが目を開けると、甲冑を着た、髭が胸まで届く天神が前に立っていた。民衆はすぐに悟り、みな地に伏して「関聖帝君お救い頂き荒我當ございます。このことは一生忘れません」と感謝した。

(102)関聖帝君は大きく笑い、皆を立たせて「ここには戦乱はないが、お前たちはよそ者で、耕作する土地もない。こうしなさい、三日後に、関帝廟に行ってお金を取り、商売をするのだ」と言った。皆はこれを聞くと、大変喜んだ。

(103)次の日の朝早く、関聖帝君は戦闘装束を脱いで、赤兎馬を引き連れて市場をゆっくり歩いていた。彼が市場の中心に着くと、人々がどっと押し寄せて、みな赤兎馬を指して、口々に賞賛した。

(104)関聖帝君がつけた価格は高く、皆去っていった。ただ、一人の老人があきらめきれず、最終的に二百金で関聖帝君と取引した。別れるとき、関聖帝君は何度も老人に「この馬には絶対に水を飲ませてはいけない」と言った。

(105)この老人はとても喜んで馬を引いて家に帰った。この馬はとても力が強かった。加えて、耕作で車を引いても、乗って走っても、なんでも出来た。周りの家々はみな、彼が天馬のように素晴らしい馬を買ったと賞賛した。

(106)老人はこの馬が労働したのち、疲れているのを見て、心が痛くなり、渓流に連れていき水を飲ませて、渇きを癒してやりたいと思った。この馬は一口飲むと、バタンと地に倒れて、どろどろの泥に変わってしまった。

(107)老人は突然、馬を売っていた人が水を飲ませてはいけないと忠告していたのを思い出し、急いで市場付近の関帝廟に入って見ると、なんと、馬を売っていたのは関聖帝君で、彼のそばにいた塑像の赤兎馬がいなくなっていた。

(108)老人が見ると、そこにいた山西難民の一群が彼が馬を買った時に支払った銀を持っているのを発見し、心の中で好奇心を抱き、尋ねた。彼は、皆が助けられた経過を聞いて、関心して、とても珍しがった。

(109)彼はすぐに銀を取り出して、匠を雇って赤兎馬の塑像を新たに作らせた。また、当地の住民を動かして、寄付を募り、これらの山西人たちが江南に定住する手助けをした。

(110)後に、これらの人たちは手元の銀を使って、店を作ったり、工場を作ったり、運送業をしたり、どのような仕事も行った。これが最初の、南の山西商人(明、清時代に商売上手で特に南の地域で有名であった)であった。

(111)彼らが順調に行商できるように、関聖帝君はつねに密かにかれらを守った。嵩山の厳しい峰や、海や川、湖、また店や工場を作るとき、など。また、盗賊が出現すると、彼はすぐに姿を現して、彼らの生命と財産を守った。

(112)関聖帝君はまた彼らの夢に現れて「商売をする時には、誠実さ、信頼、礼儀、謙譲が必要だ」と指導した。また、彼らに出納仕分け帳、通称”日清簿”を使えるように勉強させ、会計の専門がここから発生した。そのため、関帝は商業を保護する武財神となった。

(113)これらの人たちは商売を徐々に大きくさせて、南方の山西商人もどんどん多くなり、関聖帝君に感謝するため、彼らは次々と寄付して関帝廟を立て、関帝を祀った。また、店や工場、家にも関帝の塑像を飾り、朝晩に祀った。

(114)しばらくすると、関聖帝君は儒家からも「武聖人」と崇められるようになり、孔子と並び讃えられるようになると、天下の学者たちも関帝を尊重するようになった。関帝はこれにより、儒教、道教、仏教の三大宗教の公認の神となった。時間が経つほど、関聖帝君の地位はどんどん輝かしいものとなっていった。

(115)ある日、玉皇大帝は関聖帝君を天宮に呼び戻して、彼に「お前の人間界での影響はとても大きい」と言い、鏡を持ってこさせて、関聖帝君に見せた。

(116)関聖帝君が鏡を見ると、明朝の皇帝が銅山の海の要塞の官兵に、台湾の澎湖諸島に守備に行かせたとき、官兵たちが大量の関帝の塑像を一緒に持っていったのが見えた。これ以後、台湾や東南アジアの広大な地区で関帝廟の建築が始まり、関聖帝君を祀るようになった。

(117)彼はまた、民族英雄の鄭成功が関帝廟で占いをしているのを見た。関聖帝君は喜び、すぐに彼に大吉を当てさせた。鄭成功は跪いて「関聖帝君の保護を得た、全力で台湾を取り戻す」と感謝した。しばらくして、鄭成功は台湾を回復する事に成功したのであった。

(118)彼がまた中を覗くと、日本、朝鮮、ベトナム、ミャンマーと国内の各民族がすべて彼のために廟を立てて、広く祀っているのを発見した。福建省の東山では、毎年5月13日に、彼のために盛大な誕生法要が開催されていた。その威光はとどまるところを知らなかった。

(119)関聖帝君はこれらを見て、まさに喜んでいると、突然、孔子が宮殿にやってきた。関帝は急いで身を起こし、席を譲って「孔子様、私は毎日貴方の『春秋』を勉強しています」と言った。孔子は笑いながら「武聖人こそ皆に尊敬されている」と言った。

(120)関聖帝君と孔子はお互いに見合って笑った。玉皇大帝はこれを見ると、思わず天を仰いで大笑いしながら「文聖人と武聖人が揃って、人々を教化する。調和のとれた社会はみなお前たち二人にかかっている」と言った。神々や仙人たちはこれを聞くと、大きな声で笑ったのであった。

(終了)

 

 

<関連記事>

中華圏で神と崇められる関羽

日本人にとっての関羽とは、三国志の中の存在のみであるが、関羽は中華圏では広く神様としてまつられている。孔子の文聖に対して、関羽は武聖と呼ばれる場合もあり、あの孔子と同等の扱いを受けるくらい有名である。 ...

続きを見る

 

<もっとたくさんの中国漫画”連環画”が見たい人はこちら

 

<三国志の漫画”連環画”が見たい方はこちら

 



-中国語, 歴史・文化
-,

Copyright© ChinaStyle.jp , 2020 All Rights Reserved.